六天楼の宝珠〜亘娥編〜
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 結局若き領主の不運な死は公に知られる事となり、数日後槙文はもの言わぬ骸となって奏天楼に戻って来た。

 慣例に従い、六天楼の女達に葬儀に加わる許可は与えられなかった。ただ一年の間喪に服す事と、忌みが明けたら執行されるべき彼の遺言が──何を思ったのか、槙文は出立の前にしたためていたと言う──戴剋によって公開され、命じられた。

 一つには、次期領主を碩有と定める事。

 成年になるまでは祖父戴剋が領主に戻り、後見を務める旨が頼まれてあったという。

 その他領地の政務についての項目が驚くほど細かに記され、最後には六天楼について触れてあった。

 側室は見合った財貨を与え、それぞれの希望を聞いた上で便宜を図って身の振り方を決めよと。但し二人の姫についてはしかるべく嫁ぎ先を見つけ、成年までは郊外の館にて養育する様に──既に館も用意してあるという周到さだった。

 宣旨と呼ばれる遺言公布の者が朗々と夫の言葉を読み上げて行く。己が房で抜け殻の様に黙ってそれを聞いていた季鴬は、自分の名前が出てきた時にようやく顔を上げた。

 三歳を迎えるまで碩有は母季鴬の元で養育するが、以降は奏天楼に移す事。

 そして正室季鴬は、当人が望めば生国に帰してやって欲しいと──そう槙文は遺言を結んでいた。

「奥方様には、槙文様より形見分けがございます」

 宣旨がそう言うと、背後に控えていた侍女が静かに前に進み出た。両手には高台を掲げ持っている。

 椅子に縫いとめられたかの様に重たい身体を何とか持ち上げて、季鴬はそこに載せられている小さな匣に手を伸ばした。美しい装飾の匣だったが、ほんの少し染みが付いていてやけに目だった。

 蓋を開き、中を覗く。一言も言葉を発しないままで。

 息を呑んだ。

「従者の方のお話によると、呉にて以前、奥方様の為にお作りになられたものだそうでございます。事故に遭う前日に、職人より引き取られましたとか」

 見つめるばかりで何も答えない彼女の代わりに、槐苑が「見事な娥玉でございますな。耳飾とは珍しい意匠にしたものですが。素晴らしい逸品じゃ」と涙を零した。

「……この、匣」
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