六天楼の宝珠〜亘娥編〜
 視線を合わさず、碩有がぼそりと呟く。

「え。という事は、もし戸が開いていなかったらどうなさるおつもりで……」

 聞き返しながら、つい最近似た様な会話をしたと気づく。

「まさか様子を窺う為に、庭から来たわけでは……ないですよね」

 返事はなかった。

 一瞬の間の後、くすくすと翠玉は笑い出した。

「何を笑っているのですか」

「あ、いえごめんなさい。ちょっと思い出しただけで」

──やはり、親子だ。発想が似ている。

「思い出したって何を」

 ばらばらになった親子の絆がまだ生きていると、そう思うだけでいくらか救われる気がした。監視されるのはどうかと思うけど。

「碩有様。閉じ込められるのは少し困りますが、間違っても手放そうと思わないでくださいね」

 碩有の顔から、尖りかけた雰囲気が瞬時に消えた。

「翠玉?」

「此処が私の居場所なんですから」

 隣に座って、彼の手を取り自分のそれで包み込む。どうすればいいのか、これしか結論は出ないのだ。最初からきっと。

「──わかってませんよね。貴方は本当に」

 掌を頬に寄せようとしていた翠玉は、目の前に影が落ちたのに気づいて顔を上げた。

 碩有の瞳が、またあの形容しがたい不穏な気配を放っている。

「碩有様……」

「貴方がそうやって容易(たやす)く私を絡めとるから。──閉じ込められているのは私の方だという事を。あの時だってそうだ」

「あ、の時って……」

 碩有は唇を開いたが、答える代わりに妻の額に口付けた。
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