六天楼の宝珠〜亘娥編〜
「いずれにせよ、もう全て昔の事です。奥方様がお気にされるには及びませんぞ」
思索に耽っていた翠玉は、顔を上げて老婆の顔を見つめた。
この人は、もしかしたら全てを知っていて黙っているのではないか。そんな気がした。
「槐苑様は……本当はご存知なのではありませんか? 槙文様は六天楼から側室を出そうとして戴剋様と衝突された。違いますか」
さあ、と空とぼけて老婆は出された茶をゆっくりと啜る。じれったいほど時を置いてから答えた。
「そうだったかもしれん。だがのう奥方様。──今となっては、それはどうでもいい事じゃとお思いになりませぬか」
ただ季鴬と碩有が疎遠になったのが問題だったと、槐苑は溜息混じりに言った。
「仮にも御館様のお母君をこう申し上げるのは無礼じゃが、もう少し季鴬様が母としてお強くなられたらと儂は時折思っておりました。奏天楼に引き離されるまで、碩有様をそれは大切にお育てになっていたというのに、移るとなると見向きもしなくなっておしまいでしたからのう。全く愛されずにいるよりも酷な仕打ちじゃ」
返す言葉を見つけられず、翠玉は黙っているしかなかった。
果たしてそんなに簡単に、わが子を手放せるのものだろうか。
──日に日に自分に似てくるから、見るのが辛かったの──
己を責めていた季鴬は、もしかしたら恐れたのかもしれない。
いつか近いうちに、自分が息子を愛せなくなってしまうのではないかと。
あるいはそれも罰として科したのか。
相手がいなくなってから、ああすれば良かったと思っても遅い──
いずれにせよ翠玉には、どうしてもこのままでいいとは思えなかった。
思索に耽っていた翠玉は、顔を上げて老婆の顔を見つめた。
この人は、もしかしたら全てを知っていて黙っているのではないか。そんな気がした。
「槐苑様は……本当はご存知なのではありませんか? 槙文様は六天楼から側室を出そうとして戴剋様と衝突された。違いますか」
さあ、と空とぼけて老婆は出された茶をゆっくりと啜る。じれったいほど時を置いてから答えた。
「そうだったかもしれん。だがのう奥方様。──今となっては、それはどうでもいい事じゃとお思いになりませぬか」
ただ季鴬と碩有が疎遠になったのが問題だったと、槐苑は溜息混じりに言った。
「仮にも御館様のお母君をこう申し上げるのは無礼じゃが、もう少し季鴬様が母としてお強くなられたらと儂は時折思っておりました。奏天楼に引き離されるまで、碩有様をそれは大切にお育てになっていたというのに、移るとなると見向きもしなくなっておしまいでしたからのう。全く愛されずにいるよりも酷な仕打ちじゃ」
返す言葉を見つけられず、翠玉は黙っているしかなかった。
果たしてそんなに簡単に、わが子を手放せるのものだろうか。
──日に日に自分に似てくるから、見るのが辛かったの──
己を責めていた季鴬は、もしかしたら恐れたのかもしれない。
いつか近いうちに、自分が息子を愛せなくなってしまうのではないかと。
あるいはそれも罰として科したのか。
相手がいなくなってから、ああすれば良かったと思っても遅い──
いずれにせよ翠玉には、どうしてもこのままでいいとは思えなかった。