六天楼の宝珠〜亘娥編〜
「私の両親と弟、立て続けに亡くなったんです。病で苦しんで、誠心誠意看病したけど駄目でした。特に父なんて、母が亡くなった後すっかり意気消沈してしまって」

 翠玉は寂しげに微笑った。灯火が消えていくのを止められない、あの無力に打ちひしがれた日々。忘れようとしても、おいそれと忘れられるものではない。

「娘の私では、生きる意味にならなかったみたいでした。元気だった時は二人ともとてもいい両親と弟だったと思います。でも、やっぱりお墓に向かうと悔しい気持ちなんかも出るから。そんな思いも話しかける事にしているんです。……で、大抵いつの間にか、ただの報告になってしまったり」

「翠玉さん……」

「もちろん亡くなった人は何も言わないんですよね。そう理解させられるのも、ふんぎりを付ける為に大事なのかなって思ってて──あ、私の話じゃないですよね。すみません」

 両肩を柔らかく包み込まれる感触に、見上げると碩有がすぐ傍に立っていた。

 一瞬こちらを見つめてから、季鴬に視線を移す。まっすぐ、捉えて。

「行ってもいいですよ。お参り」

「碩有様」

 声を上げた翠玉も、言われた当人に負けず劣らず驚いていた。

「──ただし、昼に出てもらいます。それで宜しければ」

 一拍の間を置いて、季鴬は激昂する。

「な……私が、夜しか外に出ないの知っているでしょう!」

「昼に出られない支障があるという報告は受けていませんが? 夜に霊廟に行くなど、貴方がたを連れては危険過ぎます」

 いっそ冷ややかとも取れる表情で、挑戦的に言い放つ。

 泣き出しそうな顔をしたまま、彼女は息子をしばらく睨んでいたが、ややあってぽつりともらした。ふてくされた様に。

「……貴方のそういうところ、あの人にそっくりだわ……」

「初耳ですね。邸の者達は皆、口を揃えて貴方に似ているとばかり言うのに」

 和やかな雰囲気とは程遠いが、恐らくは二十年以上ぶりの、これが親子の会話なのだ。

 素っ気なく応じる夫の強張った頬に、笑みに似たものがわずかに掠めるのを──翠玉は確かに見た様な気がした。
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