六天楼の宝珠〜亘娥編〜
はい、と遠くから運転手の声がする。ほどなくして周囲を黒く光る石塔に囲まれた光景の中で車が止まったので、翠玉はそれ以上追及するのをやめた。
扉を開けてくれた運転手に礼を言って──少し驚かれたが──、持参した供花を持って歩き出す。
「こうやって皆で一緒に眠っているのなら、寂しくないのかもしれませんね」
やけにしみじみ言う夫の言葉が何だかおかしくて、翠玉は少し笑った。
彼女の実家の様な商家の者が所有する墓は、専用の土地に石塔婆の形で集って建てられていた。石は御影と呼ばれる黒いものが主流で、塔婆の形は自由な為様々な意匠が並んでいる。
「陶家の御陵はやっぱり違うのですか? 勿論大きさは比較にならないでしょうけど」
「大きい事は大きいです。代々の当主の命日にいちいち参るのはとても出来ないので、祖父母と父のだけに訪れるのですが。でもこことは違って、ひどく寂しい場所ですよ」
「そうなんですか……」
彼の父は祖父より早くに若くして亡くなったという。話していたのは本人ではなく、槐苑だったかもしれないが。
そう言えば、あまり夫の口から戴剋以外の家族の話を聞いた事がなかった。挙がらなかったところをみると、母親は存命なのだろうか。
「確か──この辺りだったはずなんですけど」
墓石を覆うように周囲に群生し大きく枝を広げた樹木は目に涼しく、春の陽光に煌いて鮮やかだ。鳥の鳴き声も時折聞こえる。のどかと言えばのどかな場所かもしれない。特に今日の様な好天時には。
最後にここに来たのは陶家に入る前、つまり父の骨を納める時だったから──もう八年になるだろうか。流石に場所がうろ覚えになっている。
六天楼に入ってからは、戴剋が使用人に管理を命じてくれたらしいので荒れ果てているという事はないだろうが、少し心配だった。
「何か目印になるものはなかったのですか」
隣に供物を掲げ持って付いてきていた碩有も辺りを見回した。
「ええと……近くに大きな黄連(おうれん)の木があって、一画の半ばにあったと思うのです。でも、何だかお墓が増えたみたいで」
「掃除している者に聞いておけば良かったですね。黄連木は通常、対で植えられると聞いていますが」
扉を開けてくれた運転手に礼を言って──少し驚かれたが──、持参した供花を持って歩き出す。
「こうやって皆で一緒に眠っているのなら、寂しくないのかもしれませんね」
やけにしみじみ言う夫の言葉が何だかおかしくて、翠玉は少し笑った。
彼女の実家の様な商家の者が所有する墓は、専用の土地に石塔婆の形で集って建てられていた。石は御影と呼ばれる黒いものが主流で、塔婆の形は自由な為様々な意匠が並んでいる。
「陶家の御陵はやっぱり違うのですか? 勿論大きさは比較にならないでしょうけど」
「大きい事は大きいです。代々の当主の命日にいちいち参るのはとても出来ないので、祖父母と父のだけに訪れるのですが。でもこことは違って、ひどく寂しい場所ですよ」
「そうなんですか……」
彼の父は祖父より早くに若くして亡くなったという。話していたのは本人ではなく、槐苑だったかもしれないが。
そう言えば、あまり夫の口から戴剋以外の家族の話を聞いた事がなかった。挙がらなかったところをみると、母親は存命なのだろうか。
「確か──この辺りだったはずなんですけど」
墓石を覆うように周囲に群生し大きく枝を広げた樹木は目に涼しく、春の陽光に煌いて鮮やかだ。鳥の鳴き声も時折聞こえる。のどかと言えばのどかな場所かもしれない。特に今日の様な好天時には。
最後にここに来たのは陶家に入る前、つまり父の骨を納める時だったから──もう八年になるだろうか。流石に場所がうろ覚えになっている。
六天楼に入ってからは、戴剋が使用人に管理を命じてくれたらしいので荒れ果てているという事はないだろうが、少し心配だった。
「何か目印になるものはなかったのですか」
隣に供物を掲げ持って付いてきていた碩有も辺りを見回した。
「ええと……近くに大きな黄連(おうれん)の木があって、一画の半ばにあったと思うのです。でも、何だかお墓が増えたみたいで」
「掃除している者に聞いておけば良かったですね。黄連木は通常、対で植えられると聞いていますが」