六天楼の宝珠〜亘娥編〜
 黙って夫の告白を聞いていた翠玉は、髪を弄び続ける手を自らのそれで止めた。

 それは違うと、きっと季鴬は槙文を愛しているのだと。

 本当は言いたかった。だが当の本人でさえ不確かなものを、少なくとも自分が告げるべきではない。

 碩有は逸らしていた視線を妻に向ける。眼差しが恐れに揺らいでいた。

 不安を払ってあげたくて、代わりに微笑みを返す。

「私は、季鴬様が嫌いではありません。……いえ、好きですよ。碩有様のお母様だからではなく、一人の同じ女性として、気持ちがとてもわかります」

 欲しかったのは、「手に入れる」にはあまりに不確かなもの。傍にいても、決して叶わない事だってある。でも二人にはきっと、圧倒的に時間が足りなかっただけ。

「季鴬様のなさった事を狂気だと仰るのなら、それはとても強い感情故でしょう。冷酷な人は最初から惑いもしない。……似ていても良いではありませんか」

 彼は再び視線を逸らした。何処か遠い場所を見つめている。

「……確かに今日、直に言葉を聞いて思ったのです。もしかしたら思っていたよりも、父はあの人にとって重要な存在だったのかもしれないと」

「『母上』、でしょう? そうお呼びになってはいかがですか」

 一瞬怯んで言葉に詰まり、ややしばらくしてから碩有は言った。

「……母は、緋鉱石ですぐさま父を思い浮かべた。憎んでいる様には見えませんでした。ならば何故」

 言いさして、決まり悪そうにする。

「何故?」

「……いえ。これはそのうち、本人に直接聞いてみます」

 妙に落ち着かなくなった夫に翠玉は首を傾げた。

「急にどうなさったのです?」

「何でもありません。それより、さっき言ったのは本当ですか」

「え? どれの事でしょう」
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