六天楼の宝珠〜亘娥編〜
「……いい大人と言われてしまえば、まるで私が駄々をこねている様で。それ以上は止められませんでした」

 翠玉は彼女の心中がわからなかった。

 碩有は今まで母と心を通わす機会を持てなかった。だから強くは止められなかったのだろう。

 これが幼い頃から仲睦まじくしていた親子ならば、止める事も出来ただろうに。

 会って自分からも話をと気を急いていた彼女は、ふと夫の様子を訝しく思った。

「……碩有様は、あまりお怒りではないのですか?」

 悲しげでも不快げでもない。例えて言うならば諦観している風にも見えた。

「いずれにしても、楼閣が出来るまで数年は掛かるでしょう。旅はすぐに始めるそうですが、帰ったら必ずお茶に呼ばれると。そう言っていましたよ」

「何なんですか、その決定事項は……」

「鉦柏楼にいた侍女達は『昔の季鴬様に戻られた様だ』と驚いていました」

 呆気に取られた翠玉の脳裏に、槙文が最後の逢瀬に語ったという言葉がよぎった。

──貴方には身を飾るものは必要ない。

 虚ろに媚びる、脆く人工的な美しさではなく。

 束縛を嫌いながらも自らに囚われ、それでいてこうと決めたら数十年も、変わらずに一途に思いを貫く。

 確かに鉱石の様に頑固で、自然に、ただあるがままなのかもしれない。

「……槙文様は、やはり季鴬様をよく理解なさっていたのかもしれませんね……」

「え?」

 石造りのあの壮麗な墓陵は、鉱石好きの少し風変わりな女性には良き居場所になるのだろうか。

 その前に恐らくは、旅の土産話を嬉しげに息子に語る季鴬が見られるはずだ。

 もしかしたら、自分達が子を授かった時に珍しい石の話を、子守唄代わりに聞かせてくれたりするかもしれない。

 少なくとも同じ空にある限り、未来は繋がるだろう。
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