六天楼の宝珠〜亘娥編〜
 翠玉が傍らを見ると期せずして夫と目が合った。思わず微笑む。

「悪い話ではないですよ、きっと。──そんな気がします」

※※※※

「──仲笈(ちゅうきゅう)の娘に墓で会ったのか」

 いずれの邸か、焚き染められた香の白気にむせ返る部屋の中で男は問いかけた。

 艶やかな憂いを含んだ、蠱惑的(こわくてき)な声だった。 声が向かうのは遥か下座、貴人にする跪礼(きれい)の体勢で、答える青年の声に苦いものが混じった。

「はい。よもや生きているとは思いませんでしたが」

「美貌の娘だったのだろう。買う者がいればそうたやすくは死ぬまいよ」

「それが御館様、陶家の領主の妻となっておりました。いくら美しいとは言っても大層な出世で、驚くばかりの強運でございます」

「まさか。人違いではないのか」

「あの出で立ちは見誤ろうはずもございません。それに御館様もお聞き及びでいらっしゃいますでしょう。当代の領主碩有は一瓊のみを寵愛すると有名でございます」

 上座に一段上がった場所で、男が椅子の中に投げ出していた半身を起こす気配がした。

「確かに聞いている。先代より譲り受けた瓊瑶だそうだな。……さぞや見事な玉であろうよ」

 楽しみが増えた、と彼は浅黒く締まった口元で薄く笑う。

 整った造作にも何処か残忍さを湛えた笑みに、傍らに座ってしなだれかかる黒髪の女が、僅かに顔をしかめた。

「陶の瓊瑶ならば、我が鷲家に取って不足はなし。まずは是非とも、ひと目なり姿を見たいものだ」

「しかし、あの陶家を敵に回すのはいささか支障がありませんか」

 青年は口に出してしまってから主の勘気を知ってさらに頭を下げる。

 男は高らかに哄笑した。
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