六天楼の宝珠〜亘娥編〜
「いえ、ここのは元から生えて……って、よくそんな事を知っていますね」
怪訝そうに夫の方を見返った矢先、その背後に見事な枝ぶりの大木が見えた。
「あ、ありました! 多分あれですっ」
思わず駆け出して近寄ると、やはり見覚えのある塔婆が傍にあった。周囲のものは真新しく、後から出来た墓らしい。ここで間違いないだろう。だが──
「どうかしたのですか?」
突然立ち止まって呆然と木の方を見ている彼女に、碩有は追いついて視線の先を追った。
「……誰か、先客がいるみたいですね」
親戚か、とは言わなかった。妻の一族は家が没落した時に離散したと、以前本人から聞いていたからだ。
二人とはまだ十数歩の距離があるとは言え、先客が若い男である事は容易に知れた。
歳は碩有よりもいくつか上に見えた。袖幅の短い旗袍(きほう)を上着に着ている所を見ると、富裕階級の者らしい。
「知り合いですか」
重ねて問うと、ようやくええ、と小さく返事があった。
声が震えている。
「翠玉」
あまりの様子に、一旦車に戻っては──そう提案しようと口を開いた時に、話し声に気づいたのか墓の前にいた人物がこちらを振り返った。
一見していかにも育ちの良さそうな青年だった。短めに刈り込んだ黒髪に、上背はあまりないが優美な物腰に顔立ちは柔らかく、悪い印象は何処にもない。にも関わらず、どういうわけか碩有の眉が不快げに跳ね上がる。
男は最初何故か、彼の方を見て目を丸くしていた。次いで隣の翠玉に視線をずらすと、清廉な面にありありと驚愕の表情を浮かべて歩み寄って来た。
「──翠玉。翠玉じゃないか!」
怪訝そうに夫の方を見返った矢先、その背後に見事な枝ぶりの大木が見えた。
「あ、ありました! 多分あれですっ」
思わず駆け出して近寄ると、やはり見覚えのある塔婆が傍にあった。周囲のものは真新しく、後から出来た墓らしい。ここで間違いないだろう。だが──
「どうかしたのですか?」
突然立ち止まって呆然と木の方を見ている彼女に、碩有は追いついて視線の先を追った。
「……誰か、先客がいるみたいですね」
親戚か、とは言わなかった。妻の一族は家が没落した時に離散したと、以前本人から聞いていたからだ。
二人とはまだ十数歩の距離があるとは言え、先客が若い男である事は容易に知れた。
歳は碩有よりもいくつか上に見えた。袖幅の短い旗袍(きほう)を上着に着ている所を見ると、富裕階級の者らしい。
「知り合いですか」
重ねて問うと、ようやくええ、と小さく返事があった。
声が震えている。
「翠玉」
あまりの様子に、一旦車に戻っては──そう提案しようと口を開いた時に、話し声に気づいたのか墓の前にいた人物がこちらを振り返った。
一見していかにも育ちの良さそうな青年だった。短めに刈り込んだ黒髪に、上背はあまりないが優美な物腰に顔立ちは柔らかく、悪い印象は何処にもない。にも関わらず、どういうわけか碩有の眉が不快げに跳ね上がる。
男は最初何故か、彼の方を見て目を丸くしていた。次いで隣の翠玉に視線をずらすと、清廉な面にありありと驚愕の表情を浮かべて歩み寄って来た。
「──翠玉。翠玉じゃないか!」