六天楼の宝珠〜亘娥編〜
間が人ひとり分という所まで近づいた時、碩有は思わず前に出て翠玉を背後にかばった。
「悪いが妻は少し体調が優れないらしい。蕃(はん)家に縁の者か?」
男は目に見えて怯んだ。
「というと貴方は……」
「先に質問に答えてもらおう」
「わ、私はその。以前こちらのお父君にお世話になった者です。翠玉とは幼馴染だったものだから、つい懐かしくて」
碩有の冷酷にさえ思える迫力に圧されて、今にも帰りたそうに腰が引けている。
「──碩有様」
衣服の背中を掴む感触に彼は背後に首を向けた。翠玉がこちらを見上げて僅かに首を横に振っている。
「翠玉、しかし」
「……大丈夫。ちょっと、びっくりしただけですから」
手を離して彼女は前に進み出た。
「お久しぶりです、朔行兄様」
「あ、ああ。元気そうで──その、何と言ったらいいのか」
朔行と呼ばれた青年はしきりに、碩有を気にしてちらちらと窺い見ている。
「あの時は……力になれなくて。でも、無事でいてくれて安心したよ。こう言っていいのかわからないけど。ご家族があんな事になった後だったし……」
力なく「ええ」と答えたきり、翠玉は言葉を繋がなかった。
「許されるものなら、少し話をしたいんだ──昔の事とか、あれからどうしていたのかとか、聞かせてはもらえないだろうか」
目を伏せて黙っている彼女の前に、再び出ようと碩有が身体を動かしかけた。
「いいえ」
視線を上げて、翠玉は正面から朔行を見据える。無理やり口角を上げて笑みを形作った。
「あの時貴方がああするしかなかったのはわかっていたわ。だから話す事なんて何もないのよ」
「済まなかっ──」
「謝る必要もないの。今となっては、もう」
「悪いが妻は少し体調が優れないらしい。蕃(はん)家に縁の者か?」
男は目に見えて怯んだ。
「というと貴方は……」
「先に質問に答えてもらおう」
「わ、私はその。以前こちらのお父君にお世話になった者です。翠玉とは幼馴染だったものだから、つい懐かしくて」
碩有の冷酷にさえ思える迫力に圧されて、今にも帰りたそうに腰が引けている。
「──碩有様」
衣服の背中を掴む感触に彼は背後に首を向けた。翠玉がこちらを見上げて僅かに首を横に振っている。
「翠玉、しかし」
「……大丈夫。ちょっと、びっくりしただけですから」
手を離して彼女は前に進み出た。
「お久しぶりです、朔行兄様」
「あ、ああ。元気そうで──その、何と言ったらいいのか」
朔行と呼ばれた青年はしきりに、碩有を気にしてちらちらと窺い見ている。
「あの時は……力になれなくて。でも、無事でいてくれて安心したよ。こう言っていいのかわからないけど。ご家族があんな事になった後だったし……」
力なく「ええ」と答えたきり、翠玉は言葉を繋がなかった。
「許されるものなら、少し話をしたいんだ──昔の事とか、あれからどうしていたのかとか、聞かせてはもらえないだろうか」
目を伏せて黙っている彼女の前に、再び出ようと碩有が身体を動かしかけた。
「いいえ」
視線を上げて、翠玉は正面から朔行を見据える。無理やり口角を上げて笑みを形作った。
「あの時貴方がああするしかなかったのはわかっていたわ。だから話す事なんて何もないのよ」
「済まなかっ──」
「謝る必要もないの。今となっては、もう」