6月の蛍―宗久シリーズ1―
瞳を伏せ、咲子さんは小さな溜め息を漏らした。


茶碗を座卓に戻す。



透き通る緑色の水面が振動で波打ち、ビー玉みたいな光を帯びた。



それを見つめる咲子さんの瞳にも、同じ光が映り揺らめく。








「私……実は記憶が無いんです」





思い詰める、咲子さんの表情。










…………成る程。


何となく、そんな気がしていた。



時間がかかるかもしれない予感が。



ある程度の根気を決めなければいけないかな?








「私、記憶は無いけれど、弘文さんの事だけは覚えていたんです。それでも、普通に日常を過ごせてはいたのですけれど……」

「けれど?」

「約束したんです」





咲子さんは顔を上げた。



まっすぐに僕を見つめる瞳の奥に、一瞬、強い意思が見えた。



同時にまとわりつく、妙な違和感…。


…この感じ……。







「弘文さんと約束をしました。今日、大切な事を伝えなければならないから、必ず訪ねてくれと」




…………今日?




今日なのか?


ちょっと待て…今日って何だ?




父が伝えたのか?
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