6月の蛍―宗久シリーズ1―
………何てこった。


なら父は、全て分かっていたんじゃないか。


知った上で、こんな役目を僕に負わせたのか?


責任重大じゃないか。




僕は彼女の名前以外、何にも知らないんだぞ?


僕自身、記憶の断片を繋ぎ合わせて辿っていくしかないじゃないか。



できるのか?


いや、多分…できるとは思うが。



それにしても、重ね重ね意地の悪い………。







……今更考えてもしかたないか。


こうして咲子さんが目の前に居る現実を、巡り合わせと思うしかない。



前向きに対処しようか。





今日……今夜中に間に合えば。






一人気合いを入れ、湯飲みのお茶を半分程飲み込む。


目の前でうつむく咲子さんに語りかけた。






「いつから記憶が無いんですか?」

「………いつ…」



戸惑う様に泳ぐ視線。




「記憶を無くした原因はわかりますか?」

「ええ」


咲子さんはうなづいた。




「私が記憶を無くしたのは、神社の石段から足を滑らせて落ちてからです」





神社の石段………。



その話は知っている。


一度だけ、聞いた事があるからだ。
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