6月の蛍―宗久シリーズ1―
悲痛
ボーン…ボーン…―。





古い柱時計が、忘れかけていた時間を告げた。


心中で音の数を確認する。




九回……午後九時。







「お茶、もう一杯いかがですか?」

「はい、頂きます」




咲子さんの返答に軽く笑みを返し、僕は急須に手を伸ばした。





焦りは無い。



ただ咲子さんの言葉を待つだけの沈黙が、逆に心地良くさえ感じていた。



焦っても仕方が無いという気持ちを否定するつもりはないが、強いて言うなら…静かな夜だから。



庭に咲く紫陽花の声が聞こえそうなくらい、静かな夜だから。




こんな夜なら、待ちぼうけもいい。





茶碗へと注ぎ落ちるお茶の翡翠色を見つめながら、ふと、詩人みたいな自分を笑った。





注ぎ終えたお茶を、咲子さんの前へと滑らせる。



手を伸ばし、受け取った彼女は、ぽつんと呟いた。






「蛍を…見つけました」





蛍?






視線を上げた。



湯気の向こう、咲子さんを見つめる。






「夏の初め、神社で蛍を見つけました。あの人と一緒に」
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