6月の蛍―宗久シリーズ1―
再び、髪に手を伸ばす。








………………無い。






簪が……………無い……。





夫が私にとくれた、鼈甲の簪が無い………。



確かに朝、髪に挿したはずなのに。






部屋に戻り、見渡した。


畳に膝をつき、屈み込んで視線を這わす。






無い…………。





どこかに落としてしまったのだろうか。







あの簪は、私の宝物だ。


仕事で京都に行った夫が、私に似合いそうだからと、土産にくれた物。





高価であった筈なのに、夫は、咲子が喜ぶ顔は金額に変えられないだろうと……笑って…髪に挿してくれた。




大切な………。












……………………まさか…。





嫌な予感が走った。






まさか、あの時に……金森の家に……落としてしまったのでは……。








一瞬で、頭の中に白い空間が広がった。




呼吸が上がり、悪寒が体内から沸き上がる。







……………どうしよう…。


もしもそうならば……どうすれば……。







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