6月の蛍―宗久シリーズ1―
軽くお辞儀をし、私は居間を後にした。



本家の嫁が、あんな気楽でいいのかしら……そんな中傷を背に聞きながら。














金森の家の雰囲気は、私を麻痺に誘う。


悪意と欲情とが混濁し、重く澱んでいる。






金森の性欲の重さを受けながら、自分に言い聞かせる。







この身体は、私のものではない。



だから、何も感じない。



人形の様に、金森の気が済むまで…動かずに…。



全ての感情を閉じ、凍結させる。





ただただ無言で、寝室の、寝心地の悪い硬いベッドに身体を横たえて、天井だけを見つめていればいい。




そうしていれば、時間が過ぎる。





ただ、それだけを待てばいい…………。










「簪を、返して下さい」






私は、ガウンを羽織る金森の背に願いを訴えた。



毎回、同じ言葉をかけている。





この男の返答も、毎回同じであった。






「近い内に、返してあげますよ」






分かっている。


この男のずるさは、身を持って知っているはずなのに……。





毎回、期待をしてしまう。

.
< 56 / 93 >

この作品をシェア

pagetop