6月の蛍―宗久シリーズ1―
記憶7
家の庭先に着き、私は溜息を漏らした。


着物の袖で、濡れた目尻をぬぐう。



泣いて帰ったと気付かれれば、また姑に何を言われるかわからない。


涙さえ見られなければ、寒かったと言い訳もできる。






今夜は帰りが遅いと、夫は言っていた。


寒い中、帰宅をする夫の姿を思い浮かべた。




せめて、温かい夕食を用意しよう。



そう思い、玄関の戸に指を掛けかけた私の身体を、突然の強風が包み込んだ。


肩から肩掛けが飛び、離れる。


「あ…!」



慌てて、行き先を追う。





肩掛けは、咲く季節を待つ紫陽花の枝にかかり、揺れていた。





遠くに飛ばされなくて良かった。






屈み込み、肩掛けを引く。




………取れない。





身体を折り覗き込むと、肩掛けは紫陽花の細い枝に絡まってしまっていた。





低い紫陽花の木の下に頭を下げ入れ、手を伸ばした。



取れる……。





確信した瞬間、私はよろめいて地面に肘をついてしまった。




その肘に、何かが触れる感触。




視線を向けた私は、呼吸さえ詰まる程の光景を目にした。


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