6月の蛍―宗久シリーズ1―
笑い見送る僕に背を向け、歩き出した咲子さんの小さな背。



その背が、何かを思い出した様に、ふと止まる。





振り向いた咲子さんは僕を見て、恥ずかしそうにうつむいた。






「私、まだ……あなたのお名前をお伺い致しておりませんでした」





……そうだったかな?







失礼しましたと、笑いごまかす。



「宗久です。新庄宗久と言います」



「新庄………宗久…」




咲子さんは、ふいと瞳を伏せる。



それから再び顔を上げ、僕を見つめ、笑った。







「……ありがとう、宗久さん」








ゆったりと頭を下げた咲子さん、その周りに、蛍と同じ虹色の光が弾けた。






それは静かに、咲子さんを包み込んでいく……。






光が名残惜しそうに薄れていき、その頃合いを見計らっていたのか、再び月の光が大地を照らし始めた。








それが、全て庭を包む頃には……もう、咲子さんの姿はそこには無かった。








ああ………行ったのだ。











風が、景色をざわつかせる。



何事も、無かったかの様に。






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