pain〜約束の梯子〜
Prologue
拝啓 幸子様
お返事するのが遅くなり
すみません。
お元気そうでなによりです。
僕はというと
僅かな情報源の一つである
窓の外を見て
悪戯の様なこの時間を過ごす
だけの日々です。
草木はこんなにも息づいて
いるのに
僕は立つ事さえ出来ずに居て
それでも
同じ命なのだと思うと
少し、力が湧いて来る様な
気がします。
そちらは如何ですか?
暖かくなりましたでしょうか。
こんな躰になる前に
幸子さんにお会いしたかった。
それが、僕の正直な気持ちです。
では、御返事楽しみにして
おります。
敬具
追伸
いつの日か
幸子さんの絵が見られれば
幸いです。
◆◆◆◆◆
―鬱屈とした病院の一室。
病床に臥して、調度一年が過ぎた一人の男が窓の外を眺めていると、そこに病床衣を持って看護婦が入って来た。
「高田さん、着替えしますよ」
「…はい」
恰幅の良いその看護婦は、手際良く彼の着替えを補助しながら聞いた。
「何を見ていたんですか?」
「…光りを」
彼は翳りのある微笑みで、か細く答える。
看護婦は、白衣のポケットに手を忍ばせながら言った。
「そうそう、手紙来てますよ。恋人から」
「そんなんじゃないですよ、只の文通相手です」
そう言うと、手紙を受け取りながら、歯に噛んだ様に苦笑した。
看護婦は、眼鏡の向こうの目を丸くした。
「へぇ…じゃぁ会った事も…」
「無いですよ」
ベッドの斜面に躰を委ねると、彼はまた窓の外に眼をやった。
空は厚い雲で覆われていて、裂け目から落ちる太陽の光りが、神秘的だった。