pain〜約束の梯子〜
「看護婦さん」
彼の呼び掛けに、点滴を交換していた手を休めるわけでもなく、看護婦は答える。
「なんですか?」
「あの雲の隙間から光りが落ちる現象はなんて言うんですかね」
眼鏡をずらし、上目使いで彼の指差す先をみると、首を傾げて言った。
「さぁねぇ、考えた事もなかったわ。また来ますね。交換に」
看護婦は彼の病室を後にした。
封筒を見る。
女性らしい美しい文字に、まだ見ぬ文通相手の面影を感じた。
丁寧に封を切り、手紙を呼んだ。
◆◆◆◆
拝啓 高田様
お手紙有難う御座います。
こちらはまだ春にはまだ程遠く、桜の蕾も身を縮めるように、寒さに弱い私は部屋に篭り読書に勤しむ毎日です。
もう少し暖かくなれば、外へ出て絵を描くことも出来るとは思うのですが…。
こうしている間にも絵の具は乾いていくと、解ってはいても、時は無情にも過ぎてしまうものです。
自分がどんな形を望んでいるのか、または進んで行きたいのか、今はそれを考える時期なのでしょうか。
もしかしたら、その為にこの季節があるのかも知れませんね。
春の訪れと共にその答えが出てくれるといいのですが。
では、ご自愛のほど祈ります。
かしこ
◆◆◆◆◆
何度か繰り返して読む。
柔らかく誠実なその文面は、もう長くはないであろう彼の痩せた躰に酷く染み込む。
彼は側にある棚から、筆と便箋を取ろうと手を伸ばした。
その瞬間、喉の奥が熱くなると同時に激痛が走り咳込む。
いつもより酷い咳に、同室の患者が慌てて看護婦を呼びに走った。
暫くして看護婦が病室に駆け込む。
「高田さ…!」
看護婦は絶句した。
彼は喀血し、口元から胴体を血で染まらせ、意識を失ってた。
直ぐに主治医が呼ばれ、処置が始まる。
しかし、それは単なる一時凌ぎでしかない。
彼は不治の病に侵されていたのだ。