月物語 ~黒き者たちの宴~
「そうか、喚ばれたか。」
そんなはずは絶対にないことを鰯は知っていた。
だから、礼が何も知らないのだとわかった。
―ただの変人かい。
まったく。
「だが、お前さん。
喚ばれたと言っても、今は何も状況を飲み込めてないじゃろ。
お前さんを与えられた場所に導く。
それがわしの仕事じゃ。
だから安心してついてきんしゃい。
…
と、その前に、お前さんの名を聞いてなかったのぉ。」
「礼、浅霧 礼(あさぎり れい)。」
礼は、答えながらも鰯を観察する。
「んっ、うん。
あー、そんなに見られると、穴が開きそうなんじゃが。」
猫の咳払いに、礼は思わず笑ってしまった。
「猫さん、猫さんも私と同じ気持ち?」
声のトーンが真剣だったから、鰯は応えずに先を急ぐ素振りをした。
―変人だが鋭いか。
「取り敢えず、もう少し奥へ行くぞ。御神木が守ってくださる。」
鰯は返事も聞かず、歩き出した。
礼も慌ててその後を追った。