雨のち晴





「今保健室で」





ガーゼとかもらってくる。


そう告げて、空いた手で止められた。


触んなとか、咄嗟に思ったけど。


言えるわけもなく。





「何?」




そう言うのが精一杯だった。


咲坂を見ると、


自分の鞄からタオルを取り出して。





「すぐ止まるから。だからどこにも行かないで…」





涙ぐんでそう言う。


俺は、もう。


こいつから逃げられねえのか。


諦めるなんて、思ったのが


甘かったのか。


ああ、もう。


何なんだ。






「だから…」





「黙れ」





俺は、そう言って。


抱き寄せることもなく、


咲坂にキスをした。


抱き寄せなかったのは、


この女に触れたくなかったからで。


もちろん頭の中は、


朱里のことでいっぱいで。


咲坂にキスしながら、


朱里を重ねる。


あー、これが朱里だったら、


抱き寄せて、髪を撫でで、


キスして離れねーのに。


なんて思って、咲坂から身を離す。


咲坂は嬉しい顔で、


こっちを見つめてる。


俺はお前にキスしたつもりねーから。


お前使われてるだけだから。


どうせ、俺はお前を愛せないから。


心でそう呟いて。





「ちゃんと手当てしとけよ」





そう言って、


咲坂を1人残して


教室を出た。


俺が悪い部分もある。


あの時、はっきり、


あの場がどうなってでも


無理だって伝えればよかったんだ。


朱里に隠れてキスしたこと、


ばれるのが怖くて。


この状況になってるけど。


元はと言えば、俺が朱里に


キスするからいけなかったわけで。


だから、だから。





「ちくしょう…」





思い通りになっていないことに、


余計腹が立つんだよ。





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