失恋少女とヤンキーと時々お馬鹿
『千佳っ!』
隆が病院のドアを開け、愛する妻の名前を呼んだ。
返って来たのは声にならない叫びだ。
泣き顔の瑠伊が振り返った。
――あぁ、逝ってしまったか
隆は間に合わなかったのだ。
千佳の最期に。
瑠伊は流せるだけの涙を流しきり、頬に涙の踪が残っていた。
隆から目を離すと、瑠伊は母に抱きついた。
まるで、遠ざかる母の魂をつなぎ止めるかのように――
『亜美は?』
亜美がいないことを気が付いたのはしばらくたってから。
『……手当て』
それを聞いて隆は一度千佳を振り返り、病室をあとにした。
亜美がいたのは普通の治療室の横にあるベッド。
『先生!亜美は?』
隆は詳しい状況を知ってはいなかった。
『見える怪我は擦り傷や、打撲程度です』
“見える怪我”
それがさす意味は――
『奥さんはひかれそうになるお子さんを突き飛ばしたようです』
それを亜美が知ったとしたら。
そんな恐ろしいことはないと思った。
あの小さな子にどれだけの重荷を背負わせることになるのだろう。