唇に愛

私服になり、少し休憩しようと事務所の椅子に腰を下ろす。
息をゆっくり吐いて、鼻からまた吸い込んだ。
タバコの臭いが鼻につく、鼻をこすってみたが臭いは取れない。

店長はもう帰ったようで、事務所には僕しか居なかった。
入店チャイムが聞こえると、いくつもの明るい挨拶が聞こえてくる。
美里の嫌味に気疲れしたのか、頭が少し痛む。
体調が壊れたら洒落にならないから帰ろうかとウォークマンに手を伸ばしたら、事務所のドアが勢いよく開いた。

「何なんだあの偉そうな女は!」

飛び込んで来たのはこのバイトで仲良くなった森崎優介。
明るくて、ルックスも悪くない。
僕とは正反対の性格だが、音楽が好きと言うことで仲良くなった。
気の強さなら美里にも負けないだろう。

「女って?」

鼻息を荒くした優介に、僕は落ち着いた口調で話しかける。

「あいつだよ、大谷だっけ?声の大きさだけは一人前ねぇなんて、馬鹿にしてるだろ?」

優介は美里の口調を真似て言うと、オレンジジュースを口に流し込む。
つい笑いそうになったが、僕は耐えて、収まってからまた口を開いた。

「優介も言われたのか、大変だな、お疲れさん。」

「よく五時間も耐えられたな隼人、尊敬するよ。」

優介は相当頭に来ているのか、まだ落ち着きがない。
そんな優介を見て、また笑いそうになった。

「優介が嫌いなタイプだな。」

「あぁ、女じゃなかったら殴り飛ばしてやる。」

もう耐えきれなくて僕は吹き出してしまった。
優介もちょっと笑って、ため息をついている。
そんな時にまた事務所のドアが開いた。

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