魔王様はボク
少々うとうとしつつしばらく浸かっていたが、このまま寝るわけにもいかないので、ボクは湯舟から出た。
どうやらボディーソープやシャンプーは変わらないらしい。
ボトルではなく、小さな桶に入っているのが新鮮だね。
シャワーもあるので、使いやすい。
髪を洗う長さが延びた以外は変わっていないので、ささっと洗ってしまう。
最初にぼんやりと入っていたのが悪かったのか、気づくと湯気で目の前が真っ白に染まっていた。
ボクは天井近くにあった小さな窓を開けた。
体に残っていた泡を完全に流し、再びお湯の中へと入ろうとした。
ふと気づく。
お湯に月が映っている。
なんだかデジャヴュを感じた。
猫が来た時もこんな感じだったよね。
窓を開けて、お湯に映った月。
そこから飛び出してきた猫。
猫はボクの願いを叶えた。
そしてそれが運命の出会いであり、ボクは猫とジェットコースターで空に飛んだ。
最後は大胆な嘘だけど。
ボクが別の世界に行きたいって思ったのは、色々理由があるが、一番はあの世界で感じていた疎外感だ。
自分はこの世界に生きてるべきではない。
そう思う理由は思い当たらない。
漠然とそう感じていたのだ。
存在価値がないような気がした。
周りのクラスメイトや友達はキラキラとしていた。
自分の夢や未来を語り、進路を考えて悩む。
ボクには夢がなかった。
ある程度収入が入り、余程でないと退職させられない仕事。
安定した仕事につき、特に苦労なんかもせず、のんびり暮らして死んでいく。
いつ死んでも後悔はしない。
いつか死ぬなら、いつ死んでも同じだ。
バタバタしたりしない。
でもこんなのはボクだけ。
皆は生きるのに向き合って真剣だ。
ボクはどんなに頑張っても、いつか死ぬのに、という概念が消えなくてそれ以外考えられないのに。
ボクは異質だったと思う。
溶け込んでいるように見せて、よく見ると分かる。
オレンジ色の服についたオレンジジュースのシミのような。
あれ?
意味分からない例えだな。
とにもかくにも、猫の登場はボクにとってチャンスの代名詞だった。
だから、色々とからかってしまったけど本当に感謝してるんだ。
ボクはそこでふと我に返り、湯舟に浸かることにした。