ありのまま、愛すること。
私の母の場合はどうだったのでしょうか。

恐らくは、私が10歳のときに亡くなることがなければ、母の私に捧げた愛情の形はいびつであったと言わざるを得ない。

あのまま私を愛しつづけたら、子への愛情の捧げ方として間違いであったかもしれない、いや、間違いだったでしょう。

私は、母の愛情をいつしかありがたいと思わなくなり、親の望む方向には進まなかったかもしれないからです。

母の場合は、10年間ですべてを注ぎ込むための愛情の表現の仕方でした。

それは、もしかしたら自分が息子といっしょにいられる時間が極端に限られていると悟っていたからこそだったのではないかと、私は考えています。
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