山荒の鳴く夜
(恩に着る)

言葉など交わさない。

だが余りある恩義に感謝しながら。

平助は体勢を崩したふりをする二人の間を通り抜けようとする。

悲劇はその時起きた。

「逃がすものかよ、逆賊藤堂 平助!」

そんな言葉と共に彼の背中に斬りつけたのは、事情を知らぬ隊士、三浦 常三郎だった。

完全に油断をしていた平助の背中に、三浦の刃が深く食い込む。

「がっ!」

よろめき、もんどりうってその場に跪く平助。

(ぬかった…!)

鋭い痛みに歯噛みしながら、平助は刀の切っ先を地面につけて支えにしつつ立ち上がる。

やはり裏切り者は生き残れぬ定めか。

「藤堂組長」

三浦は平助の正面に立つ。

「かつては戦闘の際に常に先陣を切った事から『魁先生』の異名をとった貴方が、逃亡とは見苦しいのではないですか?」


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