山荒の鳴く夜
椿は店の引き戸を閉め、手近にあった椅子に座る。

まだ早朝。

開店もしていない為、客は全くいない。

店内でも自由にくつろぐ事ができた。

「相変わらず忙しそうじゃのう、高遠」

備後訛りの男が言う。

椿は長州派でも腕利きの剣客という事もあって、常に何らかの任務を帯びている。

この備後訛りの男と違って、潜伏先でのんびりしていられる事などないのだ。

「先日桂様から、任務を仰せ付かっていますから…」

「その任務の為に、徹夜で夜回りか。ご苦労な事じゃのぅ」

気楽そうに笑う男が羨ましい。

「で、桂様からはどんな任務を?」

「ええ…」

普通の人間が聞けば訝しがるような話だが、事実そういう任務なのだから仕方がない。

「最近京を賑わわせている、山荒という妖怪の討伐です」

「ほぅ、シイの討伐か」

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