山荒の鳴く夜
ハタと、椿は動きを止める。

「……今、なんと?」

「ん?」

男はキョトンとした顔をする。

「シイの討伐なんじゃろ?」

「シイ!?」

椿は思わず立ち上がる。

シイと言えば、先日この潜伏先にやって来たつり目の男…目の前にいる備後訛りの男に怪我を負わせた、あの男の名前ではないか。

「何故山荒を、『シイ』と呼ぶのです?」

「ああ…俺の生まれた備後の山奥の方での呼び名じゃ」

男は説明を始めた。

現在の広島県山県郡では、山荒は別名『シイ』といい、毛を逆立てる姿を牛が大変恐れるので、牛を飼う者は牛に前進させる際に『後ろにシイがいるぞ』という意味で『シイシイ』と命令するというのだ。

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