山荒の鳴く夜
「……!」

大萩屋。

今夜の夜回りに備えて愛刀・愛染虎壱の手入れをしていた椿は、悪寒を感じて顔を上げる。

これまで感じた事もなかった寒気。

虫の知らせにも似た感覚だった。

それはほぼ直感といってもいい。

何か悪い事が起こったに違いない。

根拠もなくそんな事を思い、手入れもそこそこに愛刀を帯びる。

…何故か脳裏に、平助の顔が浮かんだ。

胸騒ぎが膨れ上がる。

元新撰組で、仲間ですらない筈の平助の事が、無性に気がかりだった。

まるで何度も死線を共に潜り抜けてきた、戦友に抱くような感覚。

椿であって椿の感覚ではない。

別の誰かの感覚を共有しているかのような、そんな違和感を覚えつつ。

椿はいても立ってもいられずに、大萩屋を後にした。

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