山荒の鳴く夜
頬の血を拭いながら、シイは歯噛みする。

油断した。

まさか奥の手の二段突きなどを隠し持っていたとは。

だが、奥の手でありながら仕留め損なったのは失敗だった。

「奥の手を見せるならば確実に殺るべきだったな」

「はぁっ…はぁっ…はぁっ…はぁっ…」

シイの言葉に、椿は答えない。

刀を何とか保持したまま、立っているのも精一杯といった様子。

先程の二段突きで、体力を大幅に消耗したのだろう。

人外とはいえ獣に近い気性、そして思考。

シイはその程度にしか考えていなかった。

…しかし違う。

椿は今、自分の思っている以上の力に振り回されている状態だった。

まだ『彼の力』に肉体が戸惑っている。

だが、それも僅かの間だった。

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