午睡は香を纏いて
「そうだ、聞くのが遅くなっちゃった。ええと、貴方、名前は何というのかしら? サラ、ではないわよね」


は、と気付いたようにマユリさんが言った。


「ユーマ、とか呼ばれてたぞ」


シルヴァさんの答えに、あらそう、と頷くマユリさん。違うんです、と慌てて言った。


「それは仮の名前というか、違うんです。あたし、森瀬かさねと言います。カサネと呼んでください」


あたしたちを助けてくれた人たちだ。嘘をつかなくていいと思った。


「カサネ、ね。分かったわ。私のことも、マユリと呼んでちょうだい」

「は、い。あの、質問いいですか?」

「なあに?」

「先読みとかって力で、あたしの名前とかわかんないものなんですか?」


あたしがサラの転生後の姿だとか、シルヴェーヌさんの酒場に来るだとか、そういうことがわかるのなら、名前の一つくらい知っていそうなのに。
マユリさんは困ったように笑った。


「ええと、先読みって言うのは、映像しかわからないのよ。音は聞こえないから、名前までは」

「音は、聞こえない?」

「そう。ああ、先読みについての説明をしたほうがいいわよね。初めて聞いた言葉のようだし」

「お願いします」


未来を知るという、先読み。もしかしたら、あのカインですら知らない存在かもしれない。この知識はきっと必要になる。


「先読みといっても、普段は巫女となんら変わらないの。力に差異はあれど、ただ巫力があるだけ。
勿論、キャスリーの使いなどではないわ。パヴェヌを信仰し、彼の為に膝を折って頭を垂れて祈る。ごく普通の巫女のように修行をし、学び、得たものを人々に還す。
ただ稀に、そう、極々稀に、未来が見えることだけが、違う」

「未来が見える、ですか……?」

「そう。そうね……、例えば今、私は貴方を見て話しているけれど、急にふ、と視界が切り替わることがあるの。
天映(てんえい)、と先読みの言葉で言うのだけれど、天から後の世の映像が自分に降ってくるの。天映は前触れも何もなく、いきなり降ってきて目の前に広がる。その映像というのが、これから後の世のもの。起こるべき未来なのよ」


マユリさんの琥珀の瞳を思わず見返した。この綺麗な澄んだ瞳に、未来が映る?


「天映が訪れたら、まず体が動かなくなる。視覚以外の五感が固まって、機能しなくなるの。だから、耳は何の役にも立たない。視覚だけが情報源なの。貴方のこともそう。名前は聴くことができなかった」

「視覚以外使えなくなるってことは、見るだけ、ということですか?」

「そう。見るだけ。それも強制的に降って来るから、見させられているというほうが正しいかもしれないわね。
天映の間は瞼を閉じることすらできないから、ただ見ているしかない。例えば人が殺されても、瀕死の人が助けを求めても、ただ傍観しているしかないの。泣き声や悲鳴を聴かなくていいというのは、不幸中の幸いかもしれないわね」


淡々とした口調。けれど、瞳に悲しそうな色が浮かぶ。


「でも、これから起こることがわかるのなら、先回りして妨害することができるんじゃないですか?」


訊くと、マユリさんは力なく首を振った。


「できないの。先読みの言葉には巫力が必要だと、さっき言ったでしょう?」

「聞きました。巫力がないと発せられない、って」

「そう。天映を受けた先読みは、見た未来を宣言しなくてはいけない。その宣言は、巫力を持って発するの。そうすることによって、先読みの言葉は決定事項になる」

「巫力を持って……、決定事項に?」

「そう。宣言は先読みの巫力によって守られることになる。それを覆すことはできないの。変えようとすればその人に害が及ぶ。私本人ですら、ね。宣言を覆そうとしたら、その先に待っているのは、死よ。宣言しないとか、内容を偽ることも、無理。命をかけたとしても……難しいでしょうね」


禍々しいことを口にしたマユリさんは皮肉に笑った。


「天映というのは、どうしてだか負の未来ばかりなの。だから、それを宣言し、巫力によって保護までしてしまう先読みは、疎まれてきたんでしょうね。嫌なことばかり言って、それを変えることは許さないんですもの。だからこそキャスリーの使い、何て言われたんでしょうけど、それも仕方ないことだと思うわ」


否応なく見える未来。それを口にした時点で、未来が決定してしまう。
なんて恐ろしい力だろう。


「……! でも、あたしを助けてくれました」


マユリさんは、あたしが対珠を破壊され、神武団に囚われることを知っていたからこそ、対珠を貸してくれたのだろう。
これは、未来を変えることになったのではないのか。
マユリさんは、小さく笑った。


「私は、貴方が殺される天映なんて見ていないもの。幸いというべきか、私が見たのは貴方が神武団に連行されるところまで、なの」

「連行されるところ、まで……?」

「そう。引き車に押し込まれる貴方と、隣の部屋で寝ている彼の姿が見えたところで、天映は終わりだった。
その前に、一等神武官と、貴方の対珠が壊されるのも見たわ。だから、あのままではきっと逃げられないだろうと判断した。逃げられないまま神殿に行くと、どうなるかなんて、見なくても分かるでしょう?」


あたしが捕まったところしか見ていない。決定事項の未来はそこまでで、そこから先は変えられるということか。

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