午睡は香を纏いて
「続きは、シルヴァ」


マユリさんの視線を受けて、シルヴァさんが口を開いた。


「襲ったのは南方へ向かう船だった。許可証も何も持ってない、オレたちと同じ違法者の船。オレは初めてオヤジの仕事に同行を許されて、仲間と一緒にその船に乗り込んだ」


仕事というのは、海賊のそれだろう。
マユリさんとシルヴァさんは年が変わらないように見える。ということは、シルヴァさんは十歳前後で海賊稼業についたのか。


「海賊にはジンクスがある。初めての仕事で、初めて奪った物をお守りにすれば、それからの仕事は安泰だ、っていうな。オレのオヤジはどっかの国の巫女の腕輪を持ってた。金の髪飾りを持ってる奴もいたし、ああ、麻袋の切れ端、なんて奴もいたな。まあ、様々だ。
オレも意気揚々と探しに行った。一生のお守りってやつを何にしようか、ってな。船倉には色んなモンがあった。絹の反物の山に、砂金。でかい石の嵌った首飾りに上等な設えの短剣。
どれにしようかと悩んでいたその先に、オレは縄に繋がれたガキを見つけちまった」


シルヴァさんが苦々しい表情を浮かべた。


「奴隷として売られる途中だったんだと思う。横に母親らしき女がいたが、とっくにこと切れてた。腐乱し始めていた死体の横で、あいつは無表情で座り込んでいやがった。
驚いたオレは、思わずそいつの腕に食い込んでいた縄を切っていた。それをオヤジが見ていて、言った。それがお前の初めての獲物、お守りだな、と」


それ、というのは勿論、目の前の男の子を指していた。


「今でも後悔してる。あんなモン放っておいて、金細工の指輪でも掴んでいたらよかったんだ。そうすれば、未来は変わっていた」


男の子は、全ての記憶を失っていた。満足に口もきけず、表情も乏しい。きっと、母の死を主とした、強いショックを受けたせいで混乱しているのだろうという話になったそうだ。


「仲間として育てるつもりでいたんだが、あいつは喋らず、動かずだし、体つきも貧層極まりない。腑抜けすぎて、海賊としては役に立ちそうもない。とは言え一応オレのお守り様だからな。捨てるわけにもいかないから、陸にいるマユリの父親に託すことにしたんだ」

「名前も何も覚えていないという彼に、母が名をつけた。リレト、と」


ああやはり、と思う。これはリレトの幼い頃の話なのだ。


「リレトは最初こそ気力がなくて、言葉一つまともに話さなかったけれど、日増しに人間らしさを取り戻していったわ」


時が経つにつれぽつぽつと喋るようになり、家事の手伝いもし、マユリさん姉妹と共に勉強もしていたらしい。


「記憶は戻らないままだったけれど、読み書きもすぐに出来るようになったし、仕草なんかすごく上品で、元々は良家の子息だったんじゃないかと父は言ってたわ」


マユリさんたちはリレトを新しい弟のように思って可愛がっていた。邑人たちも新しい子供を、事情を聴かぬままに優しく迎え入れ、物事は穏やかに進んでいく、かに思えた。


「三月ほど過ぎたころ。父が邑の代表でブランカに買い付けに行くことになった。田舎なものだから、どうしても手に入らないものは、王都まで調達に行かないといけなかったの。
父は、せっかくの機会だから家族で行こうと言った。王都に行けるっていうのは、地方の子供にはすごく興奮することなの。すごくすごく、楽しみだった」


ブランカまでは陸路より船の方が早い。
邑に一艘分だけある入港許可証を携えて、一家はブランカへ向かった。
もちろん、リレトも一緒だった。

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