午睡は香を纏いて
「カイン殿だとお見受けする。
貴殿は一等神武官の名を一度でも冠したというのに、そのような下賤な者どもと同じ、山賊風情に身をやつすとはお笑い……っ」


ひゅ、と風を切って向かってきた矢が、仮面と鎧との僅かな隙間を狙うかのようにして、刺さった。
とす、と乾いた音がして、鉄仮面は最後まで話すこともできずに静かに崩れ落ちた。

ずるりと馬の背から落ちる姿に、小さな悲鳴がこぼれた。


「見るな、カサネ」


手の平があたしの視界を塞いだ。初めて人が殺される瞬間を見た。
そのことに、体がおかしいくらいに震えた。

電池が切れたおもちゃのように、ぷつりと命の糸が切れた。
数秒前まで生きて、喋っていたのに、あっさりと物のように落ちていった。

目を閉じているときに何度も聞いたあの音は、人が物に変わった音だったんだ。
そうなのだろうと思ってはいたけど、あたしはそれをちゃんと『理解』していなかった。


「他の者も、動けば射る」


反論を許さない、短い命令が響く。口を開く者はもういなかった。


「こちらには貴様たちを一掃できる数がいる。このまま去れば、命は取らない。武器を捨て、行け」


数秒の後、金属を放る音が、そこかしこから聞こえた。
ぽつぽつと馬の足音が遠ざかっていく。しばらくして、足音は聞こえなくなった。

皆、去っていったのだろうか。


「……よし。ちょっとここを離れるから、このままでいろ。な?」


どうやら、誰もいなくなったらしい。
レジィの声音がぐんと優しくなり、あたしたちを乗せた馬が前進するのが分かった。
あの場が凄惨なことになっているのだろうと、容易に想像がつく。
震えの止まらないあたしを気遣って、見ないで済むところまで移動してくれているのだ。


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