午睡は香を纏いて
「人を気遣う優しい子だった。邑の子供たちの面倒もよく見てくれてね。そうそう、サラが神殿に入ってから生まれた妹がいるらしいんだけど、そりゃあ、会いたがっていたねえ。名前しか、知らないそうだけど」

「そう、なんですか」


家族の愛情を知らないサラ。甘え方を知らないサラ。
無くなってしまったとはいえ、それを知っているあたしは、幸せだったと言えるのだろうか。
ううん、分からない。知らないでいたほうが、失う悲しさも知らずに済むんじゃないかとも、思う。


「ああ、カサネも綺麗な肌してる。白くて艶々だねえ」


フーダさんの粗布は、背中から右の二の腕に移行していた。


「そうですか? 普通だと思いますけど」

「そんなことないさ。指先までこんなになめらかじゃないか」


空いていた左手を広げてみる。ごく普通の手だ。
ピアノを習っていたとき、指が長いと言われたことがあったけど、それだって人より抜きん出ていたわけではない。
でも、褒められたことは、ちょっと嬉しい。


「サラもこんな肌してたよ。あの子はもう少し青みがかっていたかね。けど、指先はカサネの方が綺麗だ。サラは節くれだって……私みたいなごつごつした手をしてたよ」


ほら、と泡のついた手を顔の前で広げられた。
赤くなった手の平に、関節が大きくなった指。
これは、知ってる。農家だったおばあちゃんと同じ手。働き者の手。


「神殿って、農作業もするんですか?」

「よく分かったね。神殿直轄の土地で、麦や野菜を作ってるよ。神殿には多くの供物が捧げられるけど、それだけじゃ足りないんだろうねえ。サラが言うには、そういう作業も全て修行なんだってことだけどさ」


嬉しい、という気持ちが、恥ずかしさに変わった。
指が綺麗だというのは、単に手の形を変えるほどのことをしていない、それだけのことだ。




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