午睡は香を纏いて
「えい、脱いじゃえ」


べたべたして気持ち悪いし、いっそのこと、裸足で帰ろう。
あたしのことなんて、誰も見ていないんだから。
沈んだ気持ちごと乗せたつもりで、シミの残った靴から踵を抜き、空を蹴上げるようにして放った。
黒いローファーは宙を弧を描いて舞った。


「あ」


やりすぎた! と思った時にはすでに遅し。
すう、と予想外に飛んでいく靴。
それはごつんという音をたてて、人の頭に落ちた。

ああああああ! やっちゃった!


「す、すみませ……んっ!?」


駆け寄ろうとして、思わず足を止めた。
頭を押さえているのは男性だった。
その頭は、光を浴びてキラキラ光る、短めの金髪。
ついさっき、あたしを嘲笑していった集団とよく一緒にいる男たちが、いつもこんな髪の色をしている。
もしかして、彼らのうちの一人なんじゃ?


見れば、先に行ったはずの集団が一緒にいた。
どうやら間違いない、らしい……。


「うわ、森瀬じゃん」

「信じらんない。あのう、大丈夫ですかぁ?」


あたしに冷ややかな一瞥を寄越して、女たちは男に群がった。


「あの子、ちょっとおかしいんですよ」

「こんなきったない靴をぶつけてくるなんて、どうかしてるんじゃない?」

「あ、あの、ごめんなさい」


言われていることはさておき、この件に関してはあたしが全面的に悪い。
駆け寄って、深く頭を下げた。

ああ、今日は厄日、ってやつなのかもしれない。なにもかもが上手くいかない。



< 9 / 324 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop