金星
改札から出てくる人を目で追っていたが。


「潤一……?」


そいつは、いつの間にか、目の前にいた。


髪の毛が少し乱れていて、

やっぱり唇の横が切れていて、

肘が擦りむいていて。


焦点が定まっていないような目で俺を見る。


でも、目の周りには、泣いた形跡がなかった。


その姿を一目見た時、

心臓の音が体中に響いた。


「もしかして、待って……ひゃっ!」


そう優奈が呟いた瞬間、

その華奢な身体を俺は抱きしめていた。


優奈が持っていた大きなボストンバックが地面に落ちた。
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