さよならアンブレラ

 帰り道を歩いている。
 まだ外は暗くなく空は夕暮れに染まっていた。
 ぶぶぶ、とバッグの中で振動音。学校には持ち込み禁止とされている『不要物』、ケータイを取り出し開けた。持ってくるつもりは無かったと言えば言い訳に聞こえるけれど、昼休みに間違えて持ってきてしまったと気づき、そのまま触れないでおけばいいものを、私は掃除が終わり、部活に向かうところでとうとうトイレに駆け込み電源を入れてしまったのだ。人間とは欲に弱い生き物だな、とつくづく思う。
 バイブの正体は母からのメールだった。今夜は遅くなるらしいということと、作り置きのカレーとサラダを弟と一緒に分けてちゃんと食べるように、という注意が添えてあった。
 ぱたん、とケータイを閉じる。前のはスライド式だったがなんだか自分に合わないので、去年の誕生日に買い換えてもらったのだ。どうせ三年たってたし。
 バッグにしまい、ひたすら熱をはね返すコンクリートの道を歩いていると、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「みっちゃん」
 振り向き、つぶやく。
「カノコちゃん、待っ、て」
 肩で息をしながら、同じクラスの桐野未夜ちゃん、通称みっちゃんは私にすぐに追いついた。
 性格はおとなしいのに運動が得意で、更に頭もいい。顔も、美人ではないけど笑顔のよく似合う子で、いつも綺麗なつやのある、栗色のセミロングを二つに分けて三つ編みにしている。もちろん男子にも人気はあるらしいんだけど、本人は長い間好きな人がいないみたいで、小学生のころから一緒の彼女とはまだ一度も恋の話をしたことがない。
 そういう私も最近恋はしていないんだけど。
「みっちゃん、部活は?」
「先生が出張だから、とりあえず休み。プリントの整理やってたら、遅れちゃって」
「プリント?」
「うん。委員会のね」
「ああ……」
 みっちゃんは色んなことをやっている。大体のことに対して無気力な私に比べ、生きてることにがんばってるという感じだ。
 羨ましいと思う。私は彼女みたいに人生を精一杯生きているわけではないから。
 時々彼女が私から離れて行ってしまう幻覚を覚える。そんなはずはないのに。そうなる度に息苦しさを感じ、自覚する。私は弱い人間だ。みっちゃんがいないと生きていける自信すらない。
 だれに言われるでもなくそれは依存だった。
「カノコちゃん」
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