双子月
2年前の春。

桜の花びらが風で綺麗に舞っていた。


今日は入社式だというのに剛は寝坊をしてしまい、慌てて家を出て、電車に飛び乗った。

4つ先の駅で降りたら会社は目の前だ。


間に合って良かった…と剛は、桜なんかには目もくれず、コンビニで買ったパンを頬張りながら歩いていた。

すると、目の前に綺麗な立ち方をしているスーツ姿の男性が1人、上を見上げていた。

袖を通し立てのような、パリっとしたスーツ。



一瞬見惚れてしまったが、腕時計で時間を見て慌ててパンを詰め込み、会社のビルへ入って行こうとした。

すると、その男性もハッとして、同じ方向に歩いて来る。



まさか…と剛は思ったが、そのまさかだった。

入社式で、新人用の席で隣同士になったのだ。


(すげぇ、何か、何でも出来そうって感じだな…)



と剛は思った。

雄一は真っ直ぐ前を見て座っていたが、剛の視線に気付いて振り向いた。

そして、剛の方に手を伸ばしてきた。


(やっべ、殴られる!?)



剛は身体を硬くしたが、雄一の手はふわっと剛の髪に触れた。

そして、指で摘んだモノを剛に見せて、ゆっくり微笑んだ。


「ほら、桜の花びらが付いていたよ…」




剛からすれば、雄一は何でも手に入れていて、そしてそれを見せびらかしたりせず、謙虚で真面目な自慢の同期だった。

時々、憧れが妬みに変わる事もあったが、それでも誰も雄一を嫌いにならない。

自分だって例外じゃない。



それだけに今、目の前にいるこの男性が、あの雄一だと信じられないのだ。

あの雄一がコンプレックスを感じている?

しかも、このオレに?



確かにオレはどっちかといえばお調子者で、賑やかなのが大好きだから友達は多いと思う。


中にはムカつく奴もいる。

そういう奴は切り離してきた。

でも大抵、皆の事は”好き”だ。



その”好き”は、友達としての感情だと剛は分かっている。

たくさんの友達に囲まれているから。

だから”愛”との区別は付いている。

その全てを欲しいと想うのは今は真朝だけだから、喧嘩してムカついても切り離そうとは想わない。

それすら愛しいと想えるから。



雄一の周りにも人は集まる。

だけど、今想えば、お互い表面上で接している事が多かったのかもしれない。


だから、雄一は本気で傍にいてくれる”愛”しか知らないのかもしれない。



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