双子月

5…後夜祭の残り火

カチャ、バタン


雄一は運転席に、剛は助手席に乗り込んだ。

エンジンはかけたが、2人共シートベルトはせずに、背もたれに体重を預けている。


雄一はポケットから指輪を取り出し、しばらく見つめて、左手の薬指にはめた。


「おかしいよな、こんな事…
笑っちゃうだろ…」


と雄一は、自虐的な溜息混じりの笑いを剛に見せた。


「口ん中…大丈夫か?
思いっきり殴っちまって…ごめん…」



剛は冷静になって呟いた。

自分の右手首も痛いが、雄一の腫れている左頬は、あからさまに殴られましたと物語っている。


「良いんだ…
誰かがこうして戒めてくれるのを、ずっと待っていたのかもしれない。
本当はいつか結論を出さなきゃいけないのを、怖くて2人して先延ばしにしていたんだ。
今回の事は、真剣に考える最初で最後のチャンスだと思ってる。」


雄一は次はハンドルにもたれかかって、俯きながら言った。


「待てよ、真剣に考えて結論を出すって…
瑠璃ちゃんを選ぶ可能性があるって事か!?
あの子はまだ若い、これから、いくらだって出逢いがあるだろう。
でも美和子ちゃんと優ちゃんには、お前しかいないんだぞ?」


当たり前のように家庭を選ぶと剛は思っていた。

不倫だなんて、倫理的に道徳的に世間様から非難される行為を雄一がしていたというだけでも驚きなのに、家庭を捨てるなんて選択肢が雄一の中にあるのか?



雄一がこんなにも弱っている。

何でも順調にこなし、何でも手に入れていると思っていた、皆が憧れる中心的人物。

弱みなんて決して見せずに、いつでも真っ直ぐに前だけを見ている。



「剛、今日見られてしまって、俺も瑠璃ちゃんも混乱しているけど、相手がお前で良かったと本当に想っているよ。
今もこうして、軽蔑はしているのかもしれないけど、隣に座ってくれている。
本気で殴ってくれた。
本気で怒ってくれた。
こんな時に、こんな言い方も変だけど…
…ありがとう…」



相変わらず下を向いたままの雄一だったが、その声が少しずつ弱々しくなっていた。


そうか…こんな雄一だからこそ、真剣に2人の間で揺れているんだ…。

周りの勝手なイメージを壊すまいと必死に取り繕って、独りで抱えていたんだ。

そして今、オレに、オレだけに心を許してくれているんだ。


鼻声になっている雄一の声を聞いて、やっと剛は本当の雄一を知った気がした。


< 116 / 287 >

この作品をシェア

pagetop