双子月
広間を出た美穂は、このホテルのロビーにあるソファに腰掛けた。


大きな窓からは、手入れの行き届いた日本庭園風の中庭が見える。

何となしに外を眺めていた時だった。


「…朋香?」


思わず口に出してしまった。

正面玄関で、車から降りてきた男女。


男性の方に見覚えはないが、女性の方は同じ心理学専攻で、同じ仲良しグループにいる朋香にそっくりだった。


(いや、あれは朋香だわ…
え、でも待って…
え…?)


美穂の頭の中が混乱し始めた。

そんな事もお構いなしに、その男女はホテルに入り、こちらに向かって来る。

美穂は声をかけようかどうか迷っていた。


何故なら、朋香には光弘という恋人がいる。

一緒にいる男性はまだ若い。


若いが、兄というには歳が離れすぎているように見える。

そもそも、朋香に兄がいたかどうか美穂は聞いた事がなかった。


そして、理由はもう1つある。


(だって、朋香は…朋香は…)


そうこうしているうちに、2人はレストランの方に入って行った。
 
その瞬間だった。
 

…美穂と目を合わせたその女性は、口元に意味あり気な笑みを浮かべた。

全身を黒で纏った女性の薄い唇は、下弦の月のような鋭さを含んでいて、美穂は思わず息を呑んだ。


(朋香じゃない、朋香はこんな笑い方をしない…)


少し背筋が凍るような想いをした美穂は、急いで披露宴の席に戻ったのだった。



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