双子月

7…嘘・淫・狂

日曜の朝。


美穂はお見舞い用の花を持って精神科病棟に入った。

病棟の入り口には監視カメラが付いている。


「108号室…」


“有田朋香様”と書かれている。



ノックをすると中から、どうぞと返事がきたので美穂は中に入った。

個室のベッドの上で、長い黒髪のその人は窓の外を見ていた。



「雫…」



美穂は近寄ってベッドに腰掛け、雫の左手を両手で柔らかく包み、自分の頬に当てた。


「『朋香』は…いなくなったりはしていないわよね?
貴女の中で眠っているだけよね?」

と、美穂は不安気に雫に尋ねた。


すると雫は、急に窓の方から美穂の方へと振り向き、思いっきり美穂の手を払いのけた。



「しず…」


「美穂、貴女は『私』と『朋香』、どっちが大切なの?
何が”自分が1番『雫』の事を分かってる”よ、笑わせないで!
そんなに『朋香』が心配なら、無理矢理叩き起こしてやるわ。
そして真実を全部知らせてやる。
皆の大切な、皆に愛されている『朋香ちゃん』を、『私』の手で壊してやるわ!」



雫は口だけで嘲いながら、目には射るような鋭さを含んでいた。

美穂は身震いした。


恐怖からではない。


こんなにも”人間らしい人間”を今までに見た事がない。

純粋に、子供のように自分の本能のままに、何にも臆する事なくこの世に存在する。


人間本来のどす黒い欲の塊を、水晶のように透明で、どこまでも澄みきっている脆いダイヤモンドで包んでいる。


乱暴に扱い、いつ壊れてしまっても構わない、生に対する無頓着な欲。

この世の矛盾を全て凝縮した無垢なる存在。


人間の自然の摂理から産まれたのではない、異端の生命。

美しすぎて身震いする。

眩しすぎて触れる事さえ躊躇ってしまう。



手を取って、その甲にkissをする。

黒くて長い髪を掻き分けて、首筋の古い傷痕の上にkissをする。

すると雫が、美穂の両頬に手を添えて口付けをした。


「美穂…
あのホテルのロビーで出逢ったのが貴女で良かったわ。
”見つけた”って想ったの。
瑠璃子や真朝じゃダメ。
貴女じゃないとダメなのよ…」


唇を何度も重ね合いながら、雫が美穂の耳元に甘く囁く。


「私じゃないと…駄目…」


美穂は酔いしれてボンヤリした頭の中で聞き取った。

まるでサブリミナルされているかのように、繰り返される甘いkissと甘い言葉。

心地良い感覚の湖に沈んでいく。




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