双子月
引き出しの中から、さっきココアを買った時のついでに購入したカミソリを取り出したのだ。


個々の診療科病棟に売店はなく、総合売店が別棟にある。

全ての科の入院患者が利用するので、特に深い意味はなくカミソリも売ってあるのだ。

閉鎖病棟に入院中であれば病棟を勝手に出られないが、今回は開放病棟なので、売店へも自由に行ける。



取り出したカミソリの刃先の安全ガードを、爪でちょいとズラすと、鋭い光の刃が剥き出しになった。

雫はそれを左腕に当てた。


チャラっと、ブレスレットが揺れる。

去年のクリスマスに光弘に貰って、肌身離さず付けているモノだ。


「…ね、私の想い通りになるでしょ?」

「…脅迫かよ…」


うな垂れる剛の頭を雫は撫でて、優しくkissをしてあげた。

「大丈夫よ、私に任せて…」


何が大丈夫なのか、何を任せるのか…。


真朝が今度は看護師を連れて戻ってきた。

2人は何事もなかったように振舞い、真朝も何も見ていなかったように振舞った。


しかし、その帰り道、真朝と剛が口をきく事はなかった。




(狂っている…)


美穂も大輔も真朝も剛も、怪しげな黒い月に惑わされ、狂わされていた。




コレは『私』から『朋香』への復讐…
でも安心して
皆は『私』よりも『朋香』を哀れむわ
『私』が卑怯であればある程、皆は『貴女』を求める
本当にイイご身分ね
何も知らずに、苦しんでいる『私』の中で眠っているだけなんて…



雫はさっきのカミソリを取り出し、入院着の下を太ももまでめくり上げて、その白い太ももに1本の斬り傷を刻み込んだ。

じんわり滲み出る紅い血。

指で傷口をなぞって、その血を舐めてみる。



『朋香』、痛い?
一緒に感じて…
この痛みを…
この血の味を…



タオルで血を拭取りながら雫は独り、嘲みを浮かべていた。






< 208 / 287 >

この作品をシェア

pagetop