双子月
その足でお姫様の待つ病室へ向かい、脅されるままに惹かれるままに、自分の身体を預けた。

麻薬のような痺れる頭の感覚に、打ち勝つ事は出来ない。



毎日、雫の病室を訪れる、美穂・大輔・剛。

皆、幻覚を魅せる毒蛾の粉を吸わされたかのように、抗うという事を忘れてしまっている。


何が正しくて何が間違っているのか。

この異様な空間はどうやって創り出されているのか。


そんな事を考える余裕すら与えられない。

ただ、目の前の黒くて長い髪に手足を絡め取られて、身動きが出来ないのだ。



その一方で、真朝と瑠璃子と光弘は、『雫』の病室に顔を出さない。



真朝は、きっと剛は悪くないと分かっている。

だけど、『雫』が悪いとも想いたくない。

人情深い真朝は、どちらも責める事が出来ない葛藤の中で、自分がどうすべきか分からない底なし沼にはまっていた。



瑠璃子は、『雫』に合わせる顔がない。

この状態を招いたのは、全て自分の行動に責任があると自覚しているから。

『朋香』には、例え許してもらえなくても、謝りたい事はたくさんある。

だけど『雫』は怖い。

単純に怖い。



光弘は頭の中の整理が付いていなかった。

愛しい『朋香』を、いくら事情を知らなかったとはいえ、傷付けてしまった。

そのまま『朋香』は『雫』という少女の中に眠ってしまっているという。

『雫』は自分を見ていない。

林先生を見ている。

別人格だと、別の人間なのだといくら言い聞かせても、どうしてもしっくりこない。




皆がそれぞれ『雫』を中心に、関係が再び複雑に絡み出した事に気付き始めていた。



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