PARADOX=パラドックス=


オレが踵を返そうと左足を一歩引いた時だった。

女の子が首を横に向け、偶然にも目が合ってしまう。

その瞳にオレは覚えがあった。



悲しくて儚くて、何十億の言葉すらも超越して語りかけてくる瞳。





バキィッ!!

辺りに響き渡る何かが割れる音。

不注意にもオレは地面に転がっていた木片を踏んでしまっていたのだ。

全身から一気に血の気が引いていくのと同時に、今まで自分が覗き見ていた方向から、刺す様な視線を感じた。

「や、やっべ……」


オレは一目散に走って逃げる。

小柄な男が窓から覗き込んできたのを背中越しに確認した。

明らかに血相を変えている。

まずい、追ってくる。

「そこのやつ待ちやがれ!!」

ドン、タタン。

威嚇射撃と怒号が後ろから聞こえた。

オレは息を切らしながらもがむしゃらに走る。

足音だけが頭を支配する。

その時。

「――なっ!?」

急に足元が柔らかくなり、靴が地面にわずかに沈む。

ほんの数センチだけめり込んだ爪先、たったそれだけでも無意識の内では体勢を立て直すことはできず、オレは前向きに倒れた。

「くそっ、追いつかれる」

焦りと足を取る泥で立ち上がることをもたついていると、どんどん足音が近づいてくる。

感情が爆発していた為に言葉は認識できないが、明らかにオレに対して何かを叫んでいる。

オレは全身の体温が更に冷めていくのを感じていた。

「もうだめだ」そう頭の中でわずかに過った時、オレの足は立ち上がることを止めた。










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