PARADOX=パラドックス=
オレを追ってきた足音が真後ろで止まる。
男の影が、視線を地面に落としていたオレの目の前で止まった。
「よぉ、お兄さん。
えらいもん見ちゃったもんだね……運が悪かったな」
カチャッと拳銃を突き付ける音がした。
オレはゆっくりと顔だけを後ろに振り返る。
男の瞳は冷徹そのもので、どんな命乞いをしようと、どうやらもうオレは"死"という運命からは逃れられないらしいと知った。
「オレもそこまで悪じゃない。確実に即死するようにしてやるから安心しな」
長身の男の言葉に、小さい方の男が不快に笑い続ける。
「ま、死んだ後の身体に臓器が満足に残るかは保証しないでがすけどね。
ぎっしっしっ」
ゆっくりと銃口が動き、眉間に照準がしぼられ、引き金には細い指がかけられていた。
どうやら、これで終わり……か。
34年このゴミ捨て場で過ごした。
良い思い出はねぇが、特に悪い思い出も見当たらねぇ。
ま、そんな人生のまま終わるのも悪かないか。
「最後に言い残す言葉はあるかい?」
ひょろ長い男が小説みたいな台詞を吐きやがる。
どうせ終わりだ。
最後にというなら1つだけ思い浮かぶものがある。
「一口だけで良い……煙草があったら貰えないか?」
ひょろ長い男は小柄な男にあごで合図を送る。
男は女の子を掴んでいた片方の手を離し、胸元から煙草を取り出した。
頼んでみるもんだな。はは。
「へっ……悪ぃな」
拳銃を突き付けられたまま吸う煙草か……こりゃ冥土の土産話にゃもってこいかね。
煙草の白い煙がまるで自らを手向ける狼煙の様に真っ直ぐに空に伸びていった。
濁った灰色の雲に飲み込まれる煙。
「……ふぅ」