PARADOX=パラドックス=
スラムにまた暗い朝がやってきた。
鳥のさえずりなんてのはもっての外。
たまには何か寝覚めの良いことが起きやしねぇか。なんてな。
「おはよう」
ん?女の声?
「なっ!うわぁぁぁあっ!!」
変な考えをしてたからか、あり得ないと分かっていて声の主が綺麗でボインな姉ちゃんかと思ったが、現実は甘くはない。
目を開けたオレの目の前には鉤鼻のババア。
オレは年甲斐もなく悲鳴をあげてしまった。
「人様の顔を見て悲鳴をあげるたぁ随分だねぇ」
ルーザはスパスパと葉巻をふかして言う。
オレがゆっくりと立ち上がろうとした時だった。
「ん?」
何かが袖に引っ掛かって立ち上がることができない。
オレはゆっくりと布団をめくる。
「……んんっ」
そこにはオレの袖を掴みながら寝息をたてるネオンがいた。
「無理矢理にでも引き剥がそうとしたんだけど、全く手を離そうとしなくてね。
まぁ一晩くらい目を瞑ってみたのさ」
ルーザはシャアッとカーテンを開ける。
僅かな光が部屋に差し込む。
「今日はわりかし明るい朝だね。
あの日からこの地では明るい朝は不吉なものとされているが、あたしはやっぱり明るい朝が良い」
ルーザの呟きは確かにオレに向けられていたのに、そうではないように感じた。
ルーザは時折こんな顔をする。
本人は自覚はないんだと思う。普段感情を露にはしない彼女が唯一見せる、まるで遠い故郷を懐かしむかのような儚げな表情。
オレは確かにほんの少し明るい外を見て一言だけ返す。
「ああ、良い朝だな……」