PARADOX=パラドックス=
「よぉうシド先生。こんな暗い朝にお散歩かい?」
ボロボロの身なり、裸足のまま地べたに座る露店商マーズ。
大して上手くもない洒落を吐き散らしてこちらを見ている。
マーズの座るボロボロのマットの上には、いったい何処から取ってきたのか分からないような物体が並んでいた。
「タバコが切れちまったからルーザのとこに行くだけだよ」
オレは鮮やか過ぎるほどに色彩を乱用した趣味の良すぎる箱から、トカゲだかイモリだかよくわからない黒焦げた物体を指先でつまみ上げる。
そして、それを気味悪く見つめたまま不服そうにそう言った。
「何これ?」
マーズはキシシシシッと不快な笑い声をあげる。
「精力剤さぁ。先生も恋人との夜に一匹どうだい?
こいつを煎じて飲み込めばたちまち、あんたの愚息も立派になり、1日2日じゃ萎えなくなる。先生になら安くしとくよ?」
オレはイモリだかなんだかが一杯に詰められた箱に、指先でつまんでいたそれを投げ返す。
「恋人はいねぇし、精力剤はまだ必要ねぇよ。
ってか"先生"って呼ぶなっていつも言ってんだろうが」
オレはそう言って睨み付ける。
「先生は先生さぁ、
おいらのダチが倒れた時に流昌菌から救ってくれた。
先生に救われたやつは何もおいらのダチだけじゃあない。だからこそ先生にゃあここの誰もが感謝してる。
そうだろう?先生。キシシシシ」
オレは医療行為を行うが医師じゃない。
「…………だから
先生って呼ぶなつの」
この地には医者なんて大層なものは居ない。
だがごみ捨て場に住めば流行り病なんてのは日常的なもので、医者の手はいくつあっても足りねぇくはいなもんさ。
だからオレは独学で医学を身につけた。
こいつらにとっちゃ、オレは治療をしてくれる先生なのかもしれないが、オレはその名を嫌う。
「次に先生って呼んだら殺すからな」
マーズは「おぉ怖い」と口にしながら、両手を上げてみせた。
この野郎、微塵も反省してねぇ……
オレは舌打ちを残してその場を離れた。