大吉男と大凶女
「朝は何度あったの?」

布団にもぐった歩美さんに訪ねた。すると歩美さんはひょっこりと頭を出した。歩美さんと視線が合う。

「熱なんか計ってない」
「はい?」
「熱は計ってこなかったのー!!」

再び布団に潜り、大きな声でそう言った。大きな声と言っても布団の中で叫んでいるから、俺にはくもりかかった声にしか聞こえなかった。

「具体的な数字を見ると余計に調子悪くなりそうだったのよ」

また布団から頭を出した。先程からその動きを見ていると、この人が病人だということを忘れてしまいそうになる。

「なるほど、それはわからなくもないけど……」

朝見た時はそんな風に見えなかったんだけどな。ってことは朝のは演技か?太一を涙ぐませたあの動作やら雰囲気やらは演技だったのか?

無駄に頭を巡らせた。

「今は?」
「何が?」
「熱。何度あるの?」
「あ、忘れてたわ」

布団の中でもぞもぞと動く。突然、何を忘れてたのかと思いきや

「体温計はさみっぱなしだったわ」

と言って体温計を布団から出してみせた。体温計を見なくても歩美さんに熱があることが十分伝わってきた。
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