B.B
第一章 乙川環は、けものである
涼しい風が頬をなで、焼き魚のにおいを運んできた。
あぁ、秋が来たのだな、と思う。
「うまそうなにおいがする」
隣で、友人の早坂若葉が言った。
もう秋だというのに半袖の制服、そこから伸びている日焼けした細い腕。笑うたびにできる、愛嬌のあるえくぼ。知らない人間が見ても、明るい少年だということがわかる容姿だ。
ぼくは、若葉と正反対だった。
肌は青白く、右目に眼帯をつけている。笑うことも少ないし、無理に笑おうとすると頬がひきつってしまう。
そんなぼくと若葉が、こうして一緒に仲良く下校している光景を、この村の人たちはどう思って見ているのだろう。おおかた予想はつくが。
ーーぼくは、この村では「よそもの」だ。
軽蔑のまなざしで見られたり、そこにいないかのように扱われることには慣れていた。
そんな「よそもの」のぼくにも優しく接してくれる若葉に、ぼくは嬉しいような、悲しいような感情を抱いていた。ぼくは昔から、優しくされるとそうなってしまうたちだった。
「若葉は……」
「うん?」
「夏が終わって、淋しいんじゃないか」
「俺は、夏も好きだけど秋も好きだよ。夏はアイスが毎日食えるけど、秋は栗ごはんが毎日食えるからな」
「つまり、うまいものが食べられるならいいんだろ」
ぼくは笑った。不思議だ。若葉の前でなら、頬をひきつらせることもなく、自然に笑うことができる。