B.B
「……き」





「へ?」





「たまき! 環だ! 乙川環!」





「……わ、わかった。えっと、じゃあ乙川さん? その、ぼくはどうすれば……」





「…………」





乙川環は、しばらくのあいだ黙っていた。この子は何者なのだろう? まさか、迷子だろうか……。





「あの、迷子……とかだったら、交番に」





「ちがう! 迷子じゃない!」





「じゃあ……」





「何もしなくていい! 一人で帰れる!」




そう怒鳴ると、彼女はすっくと立ち上がり、ものすごい速さで走り去っていった。





……と思ったら、戻ってきた。




そのとき、初めて正面から彼女を見た。




彼女は、驚くほど美しい顔立ちをしていた。




肌が陶器のように白く、鼻筋はすっと通っていた。大きな瞳が、こちらをじっと見つめている。ただ、その顔には、あちこちに傷や痣がついていた。




「心配かけて、悪かった!」




それだけ言うと、彼女はまた走り去っていった。




ぼくは、しばらくそのままぼーっと突っ立っていたが、やがてはっと我に帰って、ふたたび自転車に乗った。




自転車のペダルをこぎながら、さきほどのことは夢ではないかと思った。




でも、それは夢ではなかった。




乙川環はその後も、たびたびぼくの前に現れる。









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